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2007年04月14日 (22:26)

平櫛田中

こんにちは、岡山市・倉敷市の中間で歯科医院をしている、歯医者の山下です。

これは、井原市出身の彫刻家、平櫛田中の言葉です。
この額は私の両親から歯科開業のときにもらったものです。
「こういう思いでがんばれよ」との励ましの意味なんでしょうね、
私の部屋に掛けております。
平櫛田中

で、この記事を書くにあたり、ちょっと平櫛田中について調べましたが・・・、
「1872年岡山県の西江原村(現・井原市)の田中家に生まれる。本名、倬太郎。」
へえ~~~~。
「1882年平櫛家の養子となる。」
へえ~~~!!それで平櫛田中さんなん?? 納得!!

そして、田中語録としていいのがありました。

「今日もお仕事、おまんまうまいよ、

  びんぼうごくらく、ながいきするよ 」

「六十、七十は鼻たれ小僧、

   男ざかりは、百から百から、

       わしもこれからこれから 」

「人間いたずらに多事、

   人生いたずらに年をとる、

     いまやらねばいつできる、

       わしがやらねばたれがやる」


百歳をこえてからも現役の彫刻家として活躍した田中ならではの言葉ですね。

私もがんばります!!

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2007年04月10日 (00:37)

つもりちがい十ヵ条

つもりちがい十ヵ条

高いつもりで低いのが教養

低いつもりで高いのが気位

深いつもりで浅いのが知識

浅いつもりで深いのが欲望

厚いつもりで薄いのが人情

薄いつもりで厚いのが面の皮

強いつもりで弱いのが根性

弱いつもりで強いのが自我

多いつもりで少ないのが分別

少ないつもりで多いのが無駄


そのつもりでがんばりましょう

2007年02月05日 (00:43)

ぼけたらあかん長生きしなはれ

ぼけたらあかん長生きしなはれ

年をとったら、でしゃばらず、憎まれ口に、泣き言に、人の陰口、愚痴言わず、他人のことは、誉めなさい。

 聞かれりゃ教えてあげてでも、知ってることでも知らんふり、いつも,アホでいることです、やさしく見守り励ましなさい。

 勝ったらだめです、負けなさい。いずれお世話になる身なら、若いものには、花もたせ、一歩下がって、譲るのが、円満にいく、コツですよ。いつも感謝を忘れずに、どんな時でも、 はい、ありがとう。

 お金の欲を捨てなさい、いくらお金を持ってても、死んだら持ってはいけません。あの人はいい人だった、と言われるように、生きてるうちにバラまいて、山ほど、徳を積 むことです。

 それでも、それは表向き、ほんとはお金を離さずに死ぬまでしっかり持ってなさい。人にケチだと言われても、お金があるから大事にし、みんなちやほやしてくれる。内緒ですけど、本当ですよ。

 昔のことは、みな忘れ、自慢話は、しなさんな。わしらの時代は、もう過ぎた。いくら頑張り、力んでも、身体が言うことききません。あんたは偉い、わしゃあかん、そんな気持ちで,老いな さい。

 我が子に孫に、世間様、どなたからでも慕われる、いい年寄りになりなさい。ボケたらだめです、そのために、頭の洗濯、生きがいに、、何か一つの趣味持って、せいぜい、長生きしなさいよ。
天牛新一郎

2007年01月26日 (22:31)

親父の小言

医院の待合室のトイレに一枚の額が飾ってあります。
P3300133.jpg
時々、患者さんから、「あの言葉いいね」って、言われますので
書き留めていたものを用意しており、お渡しするようにしています。

それがこちら。P3300136.jpg

正式には、相馬藩大聖寺暁仙僧正 訓「為一家繁栄之」

    火は粗末にするな       朝はきげんをよくしろ
   
    神仏をよく拝ませ       不浄を見るな

    人には腹を立てるな      身の出世を願え

    人に馬鹿にされていよ     年寄りはいたわれ

    恩は遠くから返せ       万事油断するな

    女房のいうこと半分      子のいう八九はきくな

    家業は精を出せ        何事もかまわずしろ

    たんと儲けてつかえ      借りては使うな

    人には貸してやれ       女郎は買うな

    女房は早く持て        難渋な人にほどこせ

    生物を殺すな         年忌法事をしろ

    義理は必ず欠くな       ばくちは決してうつな

    大酒は呑むな         大めしを喰うな

    判事はきつく断れ       世話焼になるな

    貧乏を苦にするな       火事の覚悟をしておけ
  
    風吹きに遠出するな      水はたやさぬようにしろ

    塩もたやすな         戸締まりに気をつけろ

    怪我と災は恥と思え      物を拾わば身につけるな

    小商ものを値切るな      何事も身分相応にしろ
  
    産前産後を大切に       小便は小便所にしろ

    泣きごとは必ず云うな     病気は仰山にしろ

    人の苦労を助けてやれ     不吉は云うべからず

    家内は笑ふて暮せ

      
親父生前中の小言を思い出して書き並べたということで

      今にして考えればなるほどと思うことばかりだそうです。

2007年01月23日 (00:52)

歌手 福山雅治 「泣いたりしないで」より

あなたがいる
 
  それだけでがんばれるんだよ。

あなたとなら
 
  どんなあしたでも生きていける。



2007年01月13日 (00:26)

卒業

歌手 尾崎豊 「卒業」より

「あと何度自分自身卒業したら

     本当の自分にたどり着けるだろう」

2006年12月29日 (01:11)

四季の心

四季の心

・人に接するには春のように暖かい心で

・仕事をするには夏ように燃える心で

・物思うときは秋のように澄んだ心で

・己を責めるときは冬のように厳しい心で

2006年12月27日 (02:13)

『21世紀に生きる君たちへ』

『21世紀に生きる君たちへ』

 私は歴史小説を書いてきた。
 もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。
 歴史とは何でしょう、と聞かれるとき、
「それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」
と、答えることにしている。
 私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。
 歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。
 だから、私は少なくとも2千年以上の時間の中を、生きているようなものだと思っている。この楽しさは、・・・・もし君たちさえそう望むなら・・・・おすそ分けしてあげたいほどである。

 ただ、さびしく思うことがある。
私が持っていなくて、君たちだけが持っている大きなものがある。未来というものである。
 私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、21世紀というものを見ることができないに違いない。
 君たちは、ちがう。
 21世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがやかしいにない手でもある。

 もし「未来」という町角で、私が君たちをよびとめることができたら、どんなにいいだろう。
 「田中君、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている21世紀とは、どんな世の中でしょう。」
 そのように質問して、君たちに教えてもらいたいのだが、ただ残念にも、その「未来」という町角には、私はもういない。
 だから、君たちと話ができるのは、今のうちだということである。
 もっとも、私には21世紀のことなど、とても予測できない。
 ただ、私に言えることがある。それは、歴史から学んだ人間の生き方の基本的なことどもである。

 昔も今も、また未来においても変わらないことがある。そこに空気と水、それに土などという自然があって、人間や他の動植物、さらには微生物にいたるまでが、それに依存しつつ生きているということである。
 自然こそ不変の価値なのである。なぜならば、人間は空気を吸うことなく生きることができないし、水分をとることがなければ、かわいて死んでしまう。
 さて、自然という「不変のもの」を基準に置いて、人間のことを考えてみたい。
 人間は・・・・繰り返すようだが・・・・自然によって生かされてきた。古代でも中世でも自然こそ神々であるとした。このことは、少しも誤っていないのである。歴史の中の人々は、自然をおそれ、その力をあがめ、自分たちの上にあるものとして身をつつしんできた。
 この態度は、近代や現代に入って少しゆらいだ。
 ・・・・人間こそ、いちばんえらい存在だ。
という、思い上がった考えが頭をもたげた。20世紀という現代は、ある意味では、自然へのおそれがうすくなった時代といってもいい。

 同時に、人間は決しておろかではない。思いあがるということとはおよそ逆のことも、あわせ考えた。つまり、私ども人間とは自然の一部にすぎない、というすなおな考えである。
 このことは、古代の賢者も考えたし、また19世紀の医学もそのように考えた。ある意味では、平凡な事実にすぎないこのことを、20世紀の科学は、科学の事実として、人々の前にくりひろげてみせた。
 20世紀末の人間たちは、このことを知ることによって、古代や中世に神をおそれたように、再び自然をおそれるようになった。
 おそらく、自然に対しいばりかえっていた時代は、21世紀に近づくにつれて、終わっていくにちがいない。

 「人間は自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている。」
 と、中世の人々は、ヨーロッパにおいても東洋においても、そのようにへりくだって考えていた。
 このかんがえは、近代に入ってゆらいだとはいえ、右に述べたように近ごろ再び、人間たちはこのよき思想を取りもどしつつあるように思われる。
 この自然へのすなおな態度こそ、21世紀への希望であり、君たちへの期待でもある。そういう素直さを君たちが持ち、その気分をひろめてほしいのである。
 そうなれば、21世紀の人間はよりいっそう自然を尊敬することになるだろう。そして、自然の一部である人間どうしについても、前世紀にもまして尊敬しあうようになるのにちがいない。そのようになることが、君たちへの私の期待でもある。

 さて、君たち自身のことである。
 君たちはいつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。
 ・・・・自分に厳しく、相手にはやさしく。
 という自己を。
 そして、すなおでかしこい自己を。
 21世紀においては、特にそのことが重要である。
 21世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。科学・技術がこう水のように人間をのみこんでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が科学と技術を支配し、よい方向に持っていってほしいのである。
 右において、私は「自己」ということをしきりに言った。自己といっても、自己中心におちいってはならない。
 人間は、助け合って生きているのである。
 私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。斜めの画がたがいに支え合って、構成されているのである。 
 そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きている。社会とは、支え合う仕組みということである。
 原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。それがしだいに大きな社会になり。今は、国家と世界という社会をつくりたがいに助け合いながら生きているのである。
 自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。
 このため、助けあう、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。
 助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。
 他人の痛みを感じることと言ってもいい。
 やさしさと言いかえてもいい。
「いたわり」
「他人の痛みを感じること」
「やさしさ」
 みな似たようなことばである。
 この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。
 根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。
 その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、その都度自分中でつくりあげていきさえすればいい。
 この根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。

 鎌倉時代の武士たちは、
「たのもしさ」
ということを、たいせつにしてきた。人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。
 もう一度繰り返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、あいてにはやさしく、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして、“たのもしい君たち”になっていくのである。

 以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくうえで、欠かすことができない心構えというものである。
 君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。
 同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。
 私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。
 書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた。
 


司馬遼太郎先生の『21世紀に生きる君たちへ』より

2006年11月10日 (00:43)

足るを知る

     五
  矢 口 隹
    止
 
「吾唯足知(われ ただ たるを しる)」

老子曰く、

「足るという事を知らない欲深さより大きな禍いはない。
とどまる事を知らないという事より大なる咎はない。
野心を是認するより大きな罪はない。
足るを知るとはあるがままの現実に常に満足する事。
分を知って満足するという事。
それこそが変わることのない不朽の満足である」

2006年10月20日 (23:52)

「人は考えた通りの人間になる」


もし、あなたが負けると考えるなら、あなたは負ける。

もし、あなたがもうダメだと考えるなら、あなたはダメになる。

もし、あなたが失敗すると考えるなら、あなたは失敗する。

もし、あなたが勝ちたいと思う心の片隅でムリだと考えるなら、
あなたは絶対勝てない。

世の中を見てごらん。

最後まで成功を願い続けた人だけが、成功しているではないか。

もし、あなたが勝てると考えるなら、あなたは勝てる。

向上したい、自信を持ちたいと、もしあなたがそう願うのなら、
あなたはその通りになる。

人にできて自分にできないはずがない。

さあ、出発だ。

強い人が勝つとは限らない、すばしっこい人が勝つとは限らない。

私はできる、そう考えている人が、結局は勝つのだ。

私はできる、そう考えている人が、結局は勝つのだ!
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Dr.山下

Author:Dr.山下
岡山市の歯医者であるDr.山下のプライペートブログです。日々のいろいろな思いや出来事を書いています。歯の話よりもずっと面白いと評判のブログです^^; 楽しい話題やお役立ち情報も満載です。

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